内子町の森から未来へ。物語で選ばれる『森林クレジット』を創出
2025年12月12日
林業DXで構築する推しクレジット創出モデル
株式会社武田林業は、林業のDXを推進し、森林資源の見える化やCO2吸収量の精密な算定を実現。環境負荷の低減と林業の効率化を両立させながら、『森林クレジット』の創出による持続可能な収益モデルの構築に取り組んでいます。
株式会社武田林業 代表取締役 武田惇奨さん
【事業内容】広告業、製造業、教育事業
【本社所在地】〒791-3502 愛媛県喜多郡内子町寺村2478-6
【TEL】080-4613-3668
【企業HP】https://4est.co.jp/
森林クレジットでつなぐ持続可能な林業のかたち
従来の林業は「木を植え、30〜40年後に伐採・販売する」という長期サイクルが基本です。このような構造は、収益化までに長い時間を要するため、資金調達や経営計画の立案が難しく、結果として持続可能なビジネスモデルの確立を困難にしています。
そこで私は、異業種で培ったビジネスの視点で「林業の新たな売上」を模索する中で、森林のCO2吸収機能に着目しました。
現在、脱炭素社会の実現に向けて、森林の環境価値を可視化し、「森林クレジット(以下、クレジット)」として取引する仕組みが全国的に整いつつあります。「森林クレジット」とは、森林がもっているCO2を吸収するという機能に着目し、森林を適切に管理することでCO2吸収量を「クレジット(排出権)」として価値化して、企業などの間で取引できる仕組みです。企業はこのクレジットを購入することで、自社のCO2排出量をオフセット(排出されたCO2を他の場所で吸収することで相殺する取組み)することができます。
ただし、制度設計から現地整備、流通まで林業者がすべてを担うには大きな負担が伴います。そこで、異業種出身である弊社の知見が役立つと考えました。木材だけでなく、CO2吸収という新たな視点で森林を捉え直すこと。これが、これからの林業に持続可能な収益をもたらす第一歩になると考え、この取組みを始めました。
最新技術で森林を見える化。推しクレジットの実証事業
クレジット制度は国際的にも発展途上で、CO2吸収量の計測方法や認証基準は様々です。日本の「J-クレジット制度」では林野庁の計算式に基づいて吸収量を算出していますが、実際に育った木の吸収量を正確に反映できていない可能性があります。
そこで弊社は、株式会社アイフォレスト(東京)の協力の元、2024年度に愛媛県と連携し、「ゼロカーボン・ビジネスモデル創出事業」を活用した実証事業『推しクレジット』を始動。「ドローン搭載型レーザー測量(LiDAR)」など最新のデジタル技術を活用し、森林情報の精度向上と小規模単位で森林クレジットを発行・販売する新たな収益モデルを構築しました。
調査は、森林組合と協力し、当社の拠点がある内子町内の約9ヘクタールの山林で実施しました。9人の山林所有者から許可を得て調査範囲を設定。スタートアップ企業が所有するドローンを活用し、従来の目視や角度測定に比べて高精度かつ迅速に地形や植生情報を取得できました。
※J-クレジット制度:日本政府が運営する、温室効果ガスの削減・吸収量を「クレジット」として認証・取引できる制度。
DX技術で計測効率化と地域連携を推進
従来の計測方法は巻尺を使った手作業で、データの記録や転記にも時間と労力を要しました。今回導入したiPhone を活用したDX計測では、測量にかかる時間を軽減し、人件費削減の可能性も見えてきました。ただし、現場での手軽さがある一方で、測定精度や一度に調査できる範囲は限界があったため、今後の技術発展に期待するところです。
ドローンで取得した測量データは愛媛県の公的な土地測量情報と照合し、森林境界の確認精度も向上。整備・伐採作業は地元林業事業者が担当し、地域の実務的な協力のもとで着実にプロジェクトを進めることができました。
森林組合、林業事業者、スタートアップ企業という異なる強みを持つ三者の連携により、地域資源とテクノロジーを融合。信頼性の高い森林情報の可視化を通じて、クレジットの質を高めるとともに、林業の新たな売上構築を目指しています。
目に見えない価値を説明する難しさを痛感
本事業を進めるうえで苦労したことの一つは、山林所有者の方々への説明でした。これまで長い年月をかけて木を育て、伐って売るという営みに慣れてきた所有者にとって、「CO2の吸収によって価値が生まれる」という目に見えない仕組みを言葉だけでは、理解していただくことが非常に難しかったです。
特に所有者の多くは高齢で、新しい概念の説明には時間を要しました。今回は、森林組合のご協力を得たことで、9人の所有者の方から許可をいただくことができましたが、関係性のない地域で新規に営業活動を行う場合、こうした説明の難しさが課題となると感じています。
価格ではなく物語で選ぶ、新しい森林クレジットのかたちを模索
弊社が取り組む『推しクレジット』は、ドローン搭載のレーザー測量により「どこの、誰の山林か」が明確に分かる森林クレジットです。いわば、スーパーの野菜売り場で見かける「生産者の顔」の表示のように、透明性と信頼性を大切にしています。
森林クレジットは、その本質が「CO2を吸収する」という機能であるため(差別化が難しく)、どの地域でも見かけ上は同じように見えてしまい、価格競争になることが想定されます。しかし私は、価格ではなく、クレジットを発行する人々や団体の物語で選ばれるクレジットを目指したいと考えました。
弊社は、地域の林業事業体と連携し、内子町で林業の学習型アウトドアイベントを毎年開催しています。これは、未来の林業の担い手を育てるための教育投資です。このような活動実績を通じて「同じ価格のCO2なら、未来につながる内子町を選びたい」と思っていただけるような”推せる理由”を創ることを意識しています。
山林を守り、次世代に林業の知恵をつなごうと努力する。その想いに共感し、応援の意思を込めてクレジットを選んでもらえるようになれば、価格だけではない価値を提示できると考えています。
さらに、こうした活動が進むことで、結果的に森林の健全な維持管理が可能になり、土砂災害リスクを下げるなど、地域の安全を守ることにもつながっていきます。
小規模販売が拓くクレジットの未来
本事業に対する自治体の関心も徐々に高まっており、「CO2の販売が可能であれば取り組みたい」といった前向きな声が聞かれるようになってきました。クレジットの仕組みがまだ十分に浸透していない中でのこうした反応は一定の認知と期待が広がっている証だと感じます。
しかし、現状のクレジット市場では大口購入を前提とした取引が主流です。クレジットを一括で購入したい企業が多く、小規模取引に対応した仕組みは限定的です。
一方で、大口契約のようなモデルでは、例えば、15年間にわたって広大な森林を継続的に整備するといった形が想定されるため、森林整備計画や方針との調整が必要となり、地域の負担も伴います。担い手不足の課題を抱える愛媛県のような地域では、大口契約の決断が難しい場合も少なくありません。
こうした背景の中、弊社が提案する小規模単位での森林調査およびクレジットの分割販売は、柔軟な取引を求める事業者にとって新しい選択肢になり得ると考えています。
海外市場進出に向けて見えてきた課題と挑戦
本事業の大きな課題は、創出したクレジットの販路を開拓し、その価値が国際的に通用する評価手法を確立させることです。私たちは、国内の枠組みに留まらず、よりグローバルな視点で事業を展開するため、国際的なボランタリークレジット市場への参入を目指しています。
その実現に向けた目標が、国際認証機関であるNCCC(一般社団法人ナチュラルキャピタルクレジットコンソーシアム)の認証取得です。国際的な認証を得ることで、より自由度の高い売買ができる市場にアプローチし、評価手法の標準化や透明性の確保につながると考えています。
※ボランタリークレジット:世界中の民間企業やNGO団体などが主導し運営するカーボン・クレジット制度のこと。
今後、環境事業を考えている企業へメッセージ
2025年は、脱炭素戦略が助走期間から本格的な実行段階へと移行する重要な転換期となります。 2030年、そして2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、企業や自治体が次々と明確な目標を掲げる中、今このタイミングで取り組み始めることが、将来の御社の競争力につながります。
もちろん、初期段階ではすぐに大きな売上が見込めるわけではありません。しかし、これは数年先の成果を見据えた投資であり、持続可能なビジネスへの第一歩です。環境価値を持つ製品や取組みは、既に価格以上に選ばれる理由となってきています。
私たちとしても、志を共にする企業の皆さまと手を取り合いながら、地域や社会に対して新しい価値を届けていければと願っています。
企業概要
株式会社武田林業は、林業のDX推進を軸に「木を切らない林業会社」をうたい、広告業・製造業・教育事業を展開しています。木材加工や森林の活性化、イベント運営を通じて地域の資源や文化を大切にしながら、地域と共生する事業を展開しています。